餅の形が関東や関西などの地域で違うのはなぜ?四角や丸に意味はある?

餅の形

お餅の形って気にしたことありますか?

あなたが食べてる餅はどんな形が多いでしょう?

私はあんまり気にしたことないですが…考えてみると四角い餅を食べてることが多い気がします。


この餅の形って関東と関西では違うらしいです。

(関東と関西っていうより、日本の東側と西側って言った方が正しいかな?)

関東は四角い餅(角餅)で、関西は丸い餅(丸餅)という風に地域で違いがあるようです。

なぜ餅の形に違いが生まれたんでしょう?

チェックしてみました^^

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餅の形が関東や関西で違うのはなぜ?

関東と関西(日本の東側と西側)で餅の形に違いが生まれたのは、人口の違いが関係しています。

どういうことでしょうか。

詳しく見ていきましょう!

現在では当たり前に四角い餅と丸い餅がありますが、そもそも餅は丸いものでした。

古い時代から、米には稲の霊魂である稲魂が宿っている聖なるものとされていました。その魂を形にしたのが丸餅。

丸い餅が神聖なものとして現在に受け継がれているのは、神様にお供えする「鏡餅」の形からも分かりますね。


この神聖な丸い鏡餅の分身として、小さい丸餅をお雑煮に入れて食べ始めたのが室町時代。

当時、丸餅を入れたお雑煮を食べていたのは、京都の武家・公家・お寺などに限られていましたが、江戸時代中期になって暮らしが豊かになると京都の庶民も丸餅の雑煮を食べるようになりました。

それが徐々に、西日本、東日本へと伝わっていったんです。


餅と言えば丸いものだったんですね。

私は一番印象にある餅がこれ↓なので、
餅の形

どちらかというと餅は四角いものってイメージがありました(笑)


では、四角い餅はいつ出てきたんでしょう?

四角い餅はいつどこで登場した?

江戸三大俳人である小林一茶の一句に

餅搗が隣へ来たと伝子哉(もちつきがとなりにきたというこかな)

というものがあります。

ここで言う餅搗とは、賃つき餅屋。臼や杵などを持参してお餅をついてくれる出張餅つき屋さんのこと。


江戸庶民の間でもお正月に餅の入った雑煮で新年を祝う文化が広まっていきましたが、庶民が暮らす4畳半一間の狭い長屋では餅をつく場所も道具を置く場所もないので、

お客さんの家のお米で餅をついて(丸い形にして)賃金をもらう「賃つき餅屋」が大繁盛しました。

でも、当時の江戸は世界最大の100万都市。

注文が増えて忙しくなり、いちいちお餅を丸められなくりました。

そこで、板の上にのしたお餅をお客さんに渡して客に切ってもらうようになったんです。

ここで四角い餅が登場することになったんですね。

関東と関西(日本の東側と西側)で餅の形に違いが生まれた理由は

人口が多い江戸で合理化するために、のし餅にしてから切ったので四角い餅が誕生したから

ということです。

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餅の形 境目は

角餅と丸餅は、ほぼ関ヶ原のあたりを境

西側が京都の文化に影響を受けた丸いお餅で、東側が江戸の文化に影響を受けた四角いお餅に分かれているそうです。

餅の形 境目

このラインの近くに住んでる人や出身の人はどうでしょう?合ってるでしょうか^^

さいごに(まとめ)

お餅の形が関東や関西(日本の東側と西側)で違うことについてチェックしました。

ポイントは、

・元々、お餅=丸餅だった

・東側が四角い餅で西側が丸い餅になったのは、江戸時代の人口がきっかけ

ということでした。

賃つき餅屋が大繁盛して…という、こういった経緯があったんですね。

面白いですね^^

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